2018年10月14日日曜日

“ Everything drops except stamps “ 解説 by MCビル風

by MCビル風
- ラフ・ガイド・トゥ ヒカルヤマダ・アンド・ザ・ライブラリアンズ -

 この度あなたのサウンドライブラリーに加わることになったのは、hikaru yamada and the librarians3枚目のアルバムEverything drops except stamps” です。



歴史

hikaru yamada and the librarians2012年に結成された。sax, sampling & pastingをパートとする山田光と、ボーカリストである穴迫楓の二人から成るユニットである。
 山田光はそのキャリアの初期、サックスプレイヤーとしてジャズ/即興音楽シーンで活動する傍ら、リズムマシンを用いて植物の気持ちを表現する等、自身の音楽の方向性を模索していたが、2012年頃よりPCを用いてビートメイキングを始める。PC上のライブラリーから特定のワンワード縛りでサンプリングソースを選ぶという手法は、そのキャリア初期から既に確立されていたものである。
 hikaru yamada and the librarians2013年に7曲入りCDR作品Rough Guide To Samplin’ Pop” を発表。同年にmona recordsで行われたライブを収録したElectropicalismoCDRで発表。これらの初期音源たちは、今耳にしても驚くほど完成度が高く、またそのSamplin’ Popマエストロとしての手腕が既に存分に振るわれており、非常に優れた内容となっている。サンプルのレイヤーは今ほど重厚ではないが、しかし研ぎ澄まされた氷のようなビートに穴迫楓のクールなボーカルが乗る曲たちは、非常にフレッシュな響きを持っている。
 翌2014年に初の全国流通盤1stアルバムgenre Music→genre Music” を発表。ゲストに同じく先鋭的な表現をするアーティストであるermhoiと入江陽を迎えたこのアルバムは、librariansの本質的なスタイルが既に確立された、クラッシック&フレッシュな響きを持つ鮮烈な作品となっている。
 2016年には2ndアルバムThe Have-Not’s 2nd Savannah Band” を発表。山田光が深く傾倒していたワールドミュージックのエッセンスをふんだんに取り入れたこの作品では、ポリリズムによるサンプルのレイヤーが複雑な響きを獲得しているとともに、驚くほど軽快なポップネスと清涼感を同時に成り立たせている。
 そして2018年の10月にリリースされた本アルバムこそが、hikaru yamada and the librariansの最新作なのである



キーワード

本解説ではいくつかのキーワードを元に、このアルバムの魅力と山田光という稀有な才能を持った男に迫ってみたいと思う。

山田光はlibrarian(司書)である。
山田光は古今東西・洋邦ジャンル問わず、連綿と続くポップミュージックの歴史の中で蓄積された膨大なライブラリーの中から、特定のワンワードを元にサンプリングする楽曲を選びとり、新たな曲へと構築するために、そこからフレーズを切り離す。
 その曲本来の文脈から解放されたそのフレーズは、まるで書物のページから文字列が躍り出てくるかのようにその形を変え、重層的なpastingによって全く別の文脈を与えられ、それが新たなフロウを形成し、全く別の楽曲へと姿を変えていく。優れた編集感覚を持つビートメイキングのセンスは、ライブラリーを司る司書が、閉架/開架を使い分け、山のような書物を並べ替え、新たな文脈を生み出していく様を髣髴とさせる。
 



山田光は歴史家である。
ワンワード縛りで楽曲を選びとり、フレーズをサンプリングしていくというその手法は一見ランダムなもののように見えるが、山田光の場合のそれは、決して行き当たりばったりな行為ではない。
彼は全ての音楽史に敬意を表した上で、元の楽曲の作曲者/編曲者/演奏者の生死・人格その他に関わらず、全ての音楽を平等にサンプリングソースとして扱う。それをする際には、歴史を把握していないと、自分の立ち位置を見失い、文脈の中で迷子になってしまう。そんな状態で作り出す音楽は、無意味でランダムなただの音の羅列になってしまう。
No Waveが産声を上げたのは、ジャズの即興性・暴力性とニューヨークパンクの衝動があったからだ。ZE Recordsが誕生したのは、パラダイス・ガレージという揺りかごがあったからだ。そこではガレージ・クラシックという呼び名でありとあらゆる音楽がプレイされていた。SLEEPING BAGからDinosaur LMantronixがリリースされていたことだって重要だ。
ポップミュージックの正史と、異質な音楽の生み出された傍流の歴史、その両方を血肉とすること。このアティテュードは山田光の作る音楽を読み解く上で、非常に重要なポイントとなる。
既存のポップミュージックに対するカウンターとしてのパンク。そしてあらゆる文脈から解放された突然変異としてのNo Wave/ポストパンク。どちらのマインドも山田光の作り出す音楽には受け継がれている。
この両者のマインドというのはつまり、アイディアと創意工夫の歴史でもある。アイディアと創意工夫があるところには、いつでも新しい風が吹く。
膨大な歴史の中で、偉大な先達たちが自身のイマジネーションを音に変えるという作業を行ってきた。そこで発明されてきた手法から学び、自らの手法を模索して、自らのイマジネーションを音へと落とし込むこと。山田光の内には音楽史の中で繰り広げられてきた創意工夫の探求という歴史が、単なる知識としてではなく自らの血肉として蓄積されている。
Hip Hopの誕生から幾年月、既に使い古されたサンプリングという手法に敢えてこだわり、全く異質なものを生み出すということ。単純なワンループにキックとスネアを足して終わり、というコンビニエントなビートメイキングではなく、サンプルソースである曲の持つ歴史の文脈を読み取った上で、そこからエレメントを抽出し、別の文脈へと編纂すること。山田光は歴史家である。




山田光は先鋭的なビートメイカーである
冒頭で触れた彼の、sax, sampling & pasting” というフレーズを思い出してほしい。
通常Hip Hopをはじめとするサンプリングミュージックは、元となるフレーズを切り刻み(チョップ)、そこからキックやスネアを抽出し、それらを並べ替える(フリップ)ことにより成り立っている。基本はフレーズのループを元にしたループミュージックである。
しかし、山田光の作り出すビートは、そんなありきたりなチョップ&フリップのループ主体の作曲法からは大きくかけ離れている。
彼が最も重んじているのはサンプルソースのフレーズが持つ「文脈」であり、それを元の文脈から切り離して解放し、新たな文脈へと「編纂」することである。
このアルバムは12曲の観賞用ビートと6曲の歌曲から成っている。山田光自ら「観賞用」と名付けるビートたちは、クラブ映えするようなベースの音圧や、キックとスネアが全面に押し出されたような、いわゆる「首振りてえ奴だけ振りゃいい You know me?」なビートとは異なっている。
文脈から解放され、書物のページから躍り出た文字列の奔流。そしてそれらが織り成す新たな硬質なフロウ。それが山田光の作るビートの肝である。pasting” というのはつまりサンプリングしたフレーズを編集ソフト上でペーストしながらビートを作っているということであるが、フリップ(並べ替え)ではなくペースト(貼り付け)というのが、いかにも司書的/編纂的な表現だと思うのはこじつけだろうか。
また、山田光の作るビートは単調なループを拒否する。一聴すると快楽性を拒否した頭でっかちなものにも聴こえるが、しかしよくよく耳を傾けてみると、ABCDと展開していく硬質なビートの持つフロウは、分厚い学術書を集中して読みふけっているとき急にそこに何が書いてあるのか「分かった」ときのような、そのときに感じる脳みそが踊るような快感、それに近いものがある。脳みそが踊る→Brain DanceRephlexという文脈からレイヴにもたどり着ける。レイヴもキックとスネアを文脈から解放して、暴力性と快楽性に特化させた異端の音楽である。
このループを拒否したビートの展開の仕方は、山田光いわく「ボム・スクワッドによるビート(!!)」くらいしか比肩するものが無いという(彼のツイートより)。
観賞用ビートの6曲目、romance” という曲が特に好きだ。チョップされた女性ボーカルの吐息と流れるようなストリングスのフレーズが渦を巻き、宙に昇っていくように展開していくまさにロマンチックな曲調は、聴くものを惚れ惚れとさせる。
また、3曲目のyour on your own” では山田光による手弾きのギターとシンセのフレーズが大胆にフィーチャーされており、他の曲たちには無いグルーヴを生み出している。山田光流にDJ Quickを意識したというこの曲だが、ギターのカッティングのタイム感がファンク由来というよりもジャズ由来という印象を与えるのが面白い。



山田光は優れたプロデューサーである。
このアルバムの13曲目、maystorm” という曲の冒頭、静かにトレモロギターのフレーズが鳴ると、ゲストボーカルであるシンガーソングライター、kyoooの歌う讃美歌のような声が響き、そしてグロッケンシュピールによるフレーズが入ってくるとき、彼の作るビートは急速に有機的な響きを纏う。聴く者は、その全ての要素が織りなす音楽のあまりの美しさに、思わず息を飲むだろう。
優れたプロデューサーの定義とは、歌い手の持つ優れた「声」を素材としてどこまで活かせるか、につきる。
山田光は女性ボーカルに非常に強いこだわりを持つ。初期のフランス・ギャルのギャルパパによるプロデュース曲のように、「プロデューサーが素材としての歌い手に夢中になっている状態」で作られた楽曲を強く好む。そしてこの傾向は自身がプロデュースする楽曲にも、もちろん共通している。
ゲストボーカルであるkyooolibrariansのボーカリストである穴迫楓の持つ、バックトラックに埋もれない、豊かな倍音を持った「声」、それを最大限に活かす方法を山田光は十分に知り尽くしている。
彼の作り出す新たな文脈を形成するビートが、歌というガイドラインを持ったときに完璧な美しさを持ったフロウへと昇華される。この、歌によるビートの一層の深化が、間違いなく本アルバムの聴きどころのひとつである。
また、VLUTENT RECORDSという日本語ラップ界の異端的コレクティヴの中心人物であるVOLOJZAがラッパーとして参加しており、乗りこなすのが難しいと思われる山田光謹製ビートの上で、軽やかなラップを披露している。彼のゲスト参加は、私事で恐縮だが私がかつて南池袋ミュージックオルグ(R.I.P.)で主催していたHOMEWORK” というイベントにて、librariansVOLOJZAをブッキングしたことをきっかけに実現したものであり、こちらとしては二つの偉大な才能の邂逅に一役かえたということで、興奮することしきりである。
また、山田光の盟友であるシンガー、入江陽も「不眠」という曲でラップを披露している。彼の飄々とした、人を食ったような世界観の歌詞が硬質ビートの上で縦横無尽に展開し、聴く者を煙に巻くが、何より山田光に対して「恩返ししたいぜ」と直球のシャウトアウトを捧げているのが最も大きな聴きどころだ。このシャウトアウトは、山田光の人柄を知る者、彼に世話になった者ならみな首肯すること間違いなしである。
この流れで他の参加ゲストにも触れると、アヴァンギャルドでスリリングな演奏をするチェリスト、中川裕貴によるバンド、「中川裕貴、バンド」による曲のエレメントが17曲目の“18曲目のwho says” で使用されている。
モノクロのシックなジャケットのイラストを担当したのはDIYアパレルブランドSCANNERを主宰するh.ryuと宅録アーティストのthis cat。皆山田光に縁の深い者たちである。




山田光は音楽を深く愛するハードワーカー/生活者である。
彼はlibrariansとしてだけの活動に終始するのではなく、驚異的な数のユニット、バンドに参加し、また人の楽曲のミックスやマスタリング等の裏方仕事も膨大な数、行っている。
山田光の参加している別ユニットとして、日本海側の漁村で生活に根差した小さな音楽を作り続ける稀有な才能、西海マリとのユニットであるfeather shuttles foreverがある。
彼らは1stアルバムであるfeather shuttles forever” 2017年にBandcampにて発表。このユニットはlibrariansとは打って変わってサンプリングの手法を封印し、80’sシティポップ~ネオアコの雰囲気を纏った軽妙なポップスユニットとなっていて、でも彼ら両者の持つポストパンク成分(ネオアコはポストパンクだ!Orange Juice最高!)が相まって尖った部分も持ち合わせており、とにかく愛すべき素晴らしいユニットなのである。是非彼らの音楽を聴いてみてほしい。
また、山田光はシンガーソングライターである前野健太のアルバムにサックスで参加(2018年)したほか、同じく生活に根差した小さな音楽を創作し続ける稀有な才能の持ち主である、んミィのバンドである「んミィバンド」にも参加している。こちらも最高なので是非チェックされたし。最近では話題のネットレーベルであるLocal Visionsから発表された京都の才能、SNJOのアルバムにもサックスとして参加している。
一方、山田光は生業として商業用音楽を年に100曲以上作曲している職業作曲家でもある。色んな人に心配されまくっているくらいに過酷な労働環境ぽいのだが、そんなハードな生活の中でもこれだけ多岐に渡って活動しているのは、ひとえに音楽への深い愛があってこそ。
生活の中で小さな音楽を創作し続ける全ての人達への敬意と愛が、山田光にはある。そして、彼らをサポートするためならいかなる労も厭わないのが、山田光のジャズマンたる所以なのである。

以上、駆け足ではあるが、このlibrariansの新しいアルバムと、同ユニットの首謀者である山田光について紹介させていただいた。

ポストパンクの基本というのは、「自分の聴きたいものがどこにもないなら自分でやっちまえ」、これである。librariansの新譜を聴いて、またこの文章を読んで山田光ワークスに興味を持ち、自分でも何かやってみようかな……と思ったら、PCのガレージバンドを立ち上げて、もしくはハードオフで2,000円のカシオトーンを買ってきて、とりあえず音を出してみるといい。そして鳴らした音の上で、自分が生活の中で感じることを歌ってみたらいい。
山田光にその曲を聴かせたら、きっと彼は顔をほころばせ、その音楽を気に入るだろう。私が保証します。
ということで、素晴らしい音楽家である山田光への最大級の愛と敬意を込めて、ここで筆を置かせていただく。最後まで読んでいただきありがとうございました。

文責: MCビル風 33歳・ラッパー/SATURDAY LAB主宰